Apple Newton

Apple Newton：革新的なPDAプラットフォームの先駆け

Apple Newtonは、1993年から1998年にかけてAppleが販売していたPDA（Personal Digital Assistant、個人用携帯情報端末）のプラットフォームです。世界初のPDAとして知られ、その革新的な技術は、後の携帯情報端末や文字認識システムに大きな影響を与えました。

概要

Newtonは、ARMプロセッサを搭載し、手書き認識機能を備えていました。初期のPDAプラットフォームとして、MessagePadシリーズ（6機種）とeMate 300が展開されました。特にMessagePadは、手書き認識機能を搭載した最初のPDAとして注目されました。

手書き認識システムには、ロシアのパラグラフ・インターナショナル社が開発したCalligrapherエンジンが採用されていました。Newtonは、利用者が書く文字を学習し、データベースを用いて次に書こうとする文字を推測する機能を備えていました。また、画面上のどこにでも自由に文字や図形を書き込むことができ、図形を認識して自動的に整形したり、簡単な記号で文字の削除や選択、入力位置の指定などが可能でした。この直感的な手書き入力環境は、後のPalm Pilotと比較しても洗練されたものでした。

しかし、初代機MessagePadとその後のMessagePad 100では、手書き認識の精度が低く、販売の初期段階で苦戦を強いられました。この問題は、Newton OSのバージョンが2.xxにアップデートされることで改善されました。その後、Newtonは手書き認識システムを維持しつつ、Newton OS 2.0で活字体文字認識システム「Rosetta」を搭載。バージョン2.1ではRosettaの認識精度が飛躍的に向上し、AppleがNewtonの開発を終了するまで、その技術は進化を続けました。

販売と評価、そしてレガシー

多額の開発費が投じられ、時代を先取りした意欲的な製品でしたが、市場の反応は芳しくなく、販売台数は伸び悩みました。しかし、熱心なユーザーや「信者」のようなファンを生み出し、1998年にAppleが正規販売を終了した後も、非正規の専門店がニューヨークで開店したり、20年以上にわたって使い続けるユーザーも存在しました。

Newtonは、20世紀のプラットフォームとして過去のものとなりましたが、中古市場では他のPDA製品よりも高値で取引されました。2004年時点では、Newton 2000型や2100型が周辺機器なしで100ドル以上で販売されていました。

Newtonが真に貢献したのは、Appleが後に発売するiPhoneや、現代の携帯機器、文字認識システム、ペンタブレットへの道を開いたことです。その革新的な技術は、現代のモバイルコンピューティングの基礎を築いたと言えるでしょう。

Newtonシリーズの各モデル

MessagePad (1993年8月 - 1994年3月): NewtonOS1.0-1.1搭載。ARM 610プロセッサ 20 MHz、4 MB ROM, 640k SRAMを搭載。
MessagePad 100 (1994年3月 - 1995年4月): NewtonOS1.2-1.3搭載。ソフトウェアアップデートにより、文字認識が改善。
MessagePad 110 (1994年3月 - 1995年4月): NewtonOS1.3搭載。若干細長くなり、フリップ式カバーと伸縮式のスタイラスが付属。
MessagePad 120 (1994年10月 - 1995年1月): NewtonOS1.3搭載。日本で公式販売開始。
MessagePad 130 (1996年4月 - 1997年4月): NewtonOS2.0搭載。バックライト搭載。
MessagePad 2000 (1996年4月 - 1997年11月): NewtonOS2.1搭載。StrongARMプロセッサ搭載で大幅に高速化。PCカードスロット2基搭載。
MessagePad 2100 (1997年11月 - 1998年2月27日): NewtonOS2.1搭載。内蔵RAMを4MBに増量。
eMate 300 (1997年 - 1998年2月27日): バックライト付き大画面、OS2.1、ARM7プロセッサ搭載。キーボードを内蔵した教育向けモデル。

技術的詳細

Apple Newtonには、ノート、名簿、カレンダー、電卓、変換計算機、タイムゾーンマップなどのアプリケーションがプリインストールされていました。Newton OS 2.xでは、これらのアプリケーションが更新され、ワープロやNewton Internet Enablerなどの新しいアプリケーションが追加されました。サードパーティー製のアプリケーションも豊富に存在し、データのインポート/エクスポート機能を通じて、AppleのデスクトップオフィスやPIMファイル形式との連携が可能でした。

また、ファクシミリや電子メールの送受信もサポートされており、専用モデムやPCMCIAモデムカードを利用することで通信が可能でした。MessagePadは、内蔵スピーカーから電話番号のダイヤルトーンを出力し、受話器を近づけることで電話をかけることができました。この方法で電話をかけた場合、そのログが記録され、カレンダーの記録と組み合わせて一日の行動を把握することができました。

Newtonのデータは、Soupと呼ばれるデータストレージに保存され、格納されたデータは複数のアプリケーションで共有することができました。これにより、ユーザーはデータの再入力を最小限に抑えることができました。ほとんどのデータは「保存」操作なしで自動的に保存され、まるで紙のメモのように直感的に使用できました。

Newtonのアプリケーション開発には、オブジェクト指向プログラミング言語であるNewtonScriptが使用されました。この言語は、Appleのウォルター・スミスによって開発されました。当初、NewtonScriptの開発環境は高価でしたが、後に無料で利用できるようになり、多くのサードパーティー製アプリケーションやシェアウェアが開発されました。

MessagePadのコネクタは、AppleのMacintoshの標準シリアルポートと同じ丸いミニDIN 8ピンコネクタを使用していました。MessagePad 2000と2100は、独自の小型フラットコネクタを備えており、変換ケーブルで接続する必要がありました。また、全機種に赤外線通信装置が搭載されていました。さらに、すべてのMessagePadには標準PCMCIA拡張スロットが装備されていました（2000型と2100型は2つ装備）。これにより、専用モデムやイーサネット接続環境が利用可能になりました。

MessagePadは、スクリーンの向きを横長（ランドスケープ）または縦長（ポートレート）で使用でき、設定を変更することで表示内容を簡単に90度回転させることができました。どちらの向きでも手書き入力は問題なく動作しました。

Newton OS 1.xxからNewton OS 2.0へのアップグレードは、ROM交換が必要なため有料でした。Newtonのハードウェアは、1997年発売のMessagePad 2000で劇的に改良され、CPUのクロック周波数が向上し、画面サイズが拡大、16階調表示とバックライトが追加されました。また、写真表示や音楽ファイルの再生も可能になりました。MessagePad 2000は、Newtonをマルチメディア装置へと進化させました。

Newton誕生の背景

Appleの共同設立者であるスティーブ・ジョブズは、マーケティングの専門家であるジョン・スカリーをペプシコから引き抜き、1983年にAppleのCEOに据えました。しかし、彼らの関係は破綻し、ジョブズはAppleを追われることになりました。スカリーは、コスト削減やMacintoshの新モデル投入などによりAppleを収益性の高い企業にすることに成功しましたが、ジョブズというビジョンを持つ創業者を失ったことで、方向性を見失っていました。

スカリーは1986年に社内チームを編成し、将来のコンピュータに関するコンセプト映像を制作させました。その映像に登場したコンピュータは、「Knowledge Navigator」と呼ばれるタブレットのような装置で、ヒューマノイド的なバーチャルアシスタントを備え、音声による操作が可能でした。この映像を見た一部の従業員は非現実的だと批判しましたが、スカリーは彼らを解雇するまでして、未来のコンピューティングについて考えさせました。

Newton開発史

Newtonは、当初から携帯情報端末（PDA）を目指していたわけではありませんでした。開発当初、スティーブ・サコマンが目指したのは、パーソナルコンピューティングの完全な再発明でした。開発の初期段階では、大きなスクリーン、大量のRAM、高機能なオブジェクト指向グラフィックスカーネルが用いられ、「建築家向けシステム」などの高度な用途が想定されていました。

開発の主要な言語は、LISPの一種であるDylanでした。Dylanは効率的なオブジェクト指向言語でしたが、Newtonのサイズが大きくなるという問題がありました。Newtonが小型化されるにつれて、Dylanはプロジェクトから外されました。

iPod、iPhone、iPadとの関係

その後、Appleは携帯型の装置を発売し始めました。2001年に登場した携帯音楽プレーヤーのiPodのOSは、Newton開発に携わっていたポール・マーサーが作ったPixo社によって開発されました。

2007年、Appleは新しいARMベースのスマートフォン「iPhone」と、メディアプレイヤー「iPod touch」を発表しました。これらはタッチパネルを搭載しインターネット端末の機能があり、PDAとは別の製品であるとされていました。翌年には、App Storeが開設されユーザがソフトウェアを追加できるようになり、汎用のコンピュータとして機能するようになりました。iPhoneとiPod touchのOSであるiOSはMac OS Xベースであり、Newtonとは技術的にほぼ関係がないものの、AppleにとってはNewton以来の事実上のPDAへの再参入です。デザインやコンセプト面ではiOSプラットフォームはNewtonの末裔と言えなくもありません。

初代iPhoneのデザインには、Newton MessagePadのデザイナーであるグレッグ・クリスティやジョナサン・アイブらが関わっています。また、エンジニアリングはGeneral Magicで端末開発を担当していたトニー・ファデルらが担当しました。

Newtonは、その革新的な技術とコンセプトで、後のモバイルコンピューティングに大きな影響を与えました。失敗作として語られることもありますが、そのレガシーは今日のスマートフォンやタブレットに受け継がれています。

もう一度検索